こんにちは、おふとんです!
Cult of the Lambは「人気すぎるから遊ぶのやめとこかな」のグループに入っていたゲームでした。
「みんなが観ている映画は観たくない」と同じ気持ちです。分かりますか?かっこつけているだけです。そんな気持ちが発動する一本でした。
遊ぶのやめとこかなグループに同じく入っていたデイヴザダイバーを遊んだ時は、あまりのおもしろさに自分の考えを改めていこうと反省したはずでした。
「みんながおもしろいと言っているゲームは、おもしろい!特にSteamで圧倒的好評を叩き出しているゲームは全ゲーマーへの贈り物。素直に享受すべき!」
そうやってしっかりと反省したのに!Cult of the Lambをなぜやらなかったのだ!わたしはまたくだらないかっこつけに侵されてしまったのだ!
寝不足の恐れがあるゲーム
想像を超えるおもしろさなので、自分自身とカレンダーにまずは許可をもらったほうがいいです。なぜなら時間を根こそぎ持っていかれます。納期が近い仕事がある場合は、終わってからにしよう!
わたしは大人なので、仕事をして、子育てをして、家事をして、やることをやってからゲームをします。大人を代表する大人です。かっこいい!
それなのに、Cult of the Lambを遊んでいる時は、あらゆることができなくなりました。
必要最低限のことだけをこなし、時間の隙が生まれればすかさずLamb。夜は3時か4時まで遊ぶ日々。
遊んでも遊んでも足りません。まだ遊びたい。まだ遊びたい。まだ遊びたい。
そのうち、夜は悪夢を見るようになりました。寝不足の中で、刺激的な演出のLambの世界にどっぷり浸かっていたからでしょう。寝る直前まで遊ぶので寝つきも悪くなりました。悪循環の完成です。それでも遊びたいのです。
「やめ時がわからないよ…困ったな(困ってない)」を毎夜繰り返したわけは、〈教団を育てるシミュレーションパート〉と〈出稼ぎに行くローグライトパート〉のふたつを行き来していたことにあります。
チョコ食べてポテチ食べてチョコ食べて…を繰り返しちゃうあれです。
信者たちを愛してしまった教祖

教団や信者たちを育成するパートは、けっこうゆったりしつつも、教団を好きな方向性に持っていけるところがとっても楽しいです。だってわたしは教祖なのです!やりたい放題です。
生贄を捧げる過激な儀式があったり、おいしいご飯をたくさん食べれる平和な儀式もあったり、どういう教団にしたいのかで習得する儀式も変わります。
わたしはゲームの中でも思わず平和を願ってしまう良い大人なので、ご飯をたくさん食べれる儀式とか、幻覚きのこを食べて踊り狂ってハッピーになろうぜ!な儀式を習得して、なるべく平和な教団を目指してしまいました。こんなはずではなかった。もっと悪魔みたいな教団にしたかったのに。
教団に反抗的な信者もよく入信してきます。メガホンで偽の教えをキャンキャンと叫んだり、資金を盗んだりと悪さをするヤロウです。処刑したり投獄したり、再教育したりといろいろな対処法があるのですが、わたしは美味しーいご飯を食べさせて、一発で妄信的な信者にさせていました。教祖のわたしにメロメロだし、痛くないし幸せ、全員幸せです❤️
病気になった信者は診療所ですぐに治したり、信者がそこらへんでプリっと出したうんちはすぐに掃除して、撫でることができる信者には毎日なでなでし、みんながひもじい思いをしないように美味しいご飯を毎日毎日、いっぱいいっぱい作りました。
たぶん、たまごっちです。Cult of the Lambは、大きなたまごっち島です。
信者の頼み事には全部「イエス!」と返してきました。
「ぼくの友人にうんちの料理を食べさせてほしいんだよね」「生贄になりたいんだ。お願い」
こういう頼み事にも「イエス!!!!(生贄かわいそう…)」と答え、そして確実に実行してきました。
いびきがうるさくて眠れない信者がいたら、いびきがうるさい人の寝床をちょっとだけみんなよりも遠くへ設置し直したり…そんな細かな接客も率先して取り組んできました。
信者同士でおしゃべりをしている時には、おしゃべりが終わるまで待ちました。これは社会のマナーですね!
子どもを産ませたい時には、相性が良いふたりをマッチングさせる仲人もしました。
年をとってよぼよぼになった信者は散歩しかせず非生産的になるので、生贄にしてさっさと殺めることもできますが、寿命を全うしてもらいました。
亡くなった信者は食べることもできますが、食べずにひとりひとり丁寧に埋葬して、お墓を建てました。
お墓の中の信者に感謝を捧げる儀式も頻繁におこないました。個人的に一番好きな儀式です。
儀式をおこなうと、お墓にお花が咲くのです。お墓の中の信者は儀式中に霊として現れて、笑顔で成仏していきます。良いおこないをしたなあという気持ちでいっぱいです。
控えめに言っても最高の教団です。
わたしは教祖よりも、信者になりたかったです。信者のほうが絶対に快適です。うんちを掃除してもらいたいし、料理も作ってもらいたかったです。死んだらお墓を作ってもらって、そのお墓には花を咲かせてもらいたかった。たまに裸で踊り狂う儀式が開催されるので、パーティ気分だって味わえます。
料理を作ったり教団を大きくするための素材は、教祖自ら取りにいかなきゃなりません。
可愛いたまごっちたち信者たちの世話で忙しい日々を送っているその合間に、出稼ぎにいくのです。明らかに人手不足です。
ローグライトパートもドキドキで楽しかった

それでいて作品の可愛さともバランスが取れていて、デザイナーってすごいなあと感服した
Cult of the Lambのローグライトの醍醐味は、時間制限があるところでした。
出稼ぎ中は教団内でも同じ時間が流れているので、わたしがバッサバッサと敵を倒している間に、信者たちはお腹がすいてきたり信仰度がだんだんと下がっていくのです。
それを肌で感じながら、とにかくスピード命で奥へ奥へと戦い進んでいきます。このヒリヒリ感が面白い!バランスがとても良かったのです!
というか、わたしはどうしても信者たちのことが心配で、空腹度が20%ぐらいになったら帰ることにしていました。
そのため奥にいるボスまでなかなか行けないので「わたしって…ほんとに信者思いの良い教祖だわあ」と酔ったりして楽しみました。
信者のお腹は思ったよりも早く空腹になるので、ダッシュしながら進んでいくことになります。信者の空腹具合と地図を見ながら「時間がないからこっちに行こうかな、素材がほしいからこっちだけ行ってリタイヤしようかな」などと、そのつど進む道を決めて実行するところがよかった。子育て中でせっぱ詰まった時のスーパーでの買い物と同じ気持ちです(?)。
「今回は絶対にボスまで行くぞ!」な気分の時は、信者のお腹を美味しいご飯でパンパンにしたあとに予備のご飯も作って…。信仰度が下がらない禁断の儀式をおこなってみんなをメロメロにして…。信者をモンスターに変異させて、一緒に出稼ぎへ連れていったりもしました。モンスターに変異した信者はHPのハートを取りにいってくれたり、一緒に攻撃してくれたりするので、一緒に戦っている感があってよかったです。
そうやって、準備をしっかりしてから出稼ぎにいきます!まあ、信者の腹はそれでもすぐに空きができるんですけどね!
アクションは爽快で、装備も癖になる切り口のものばかり。
装備は個性派揃いで、わたしのお気に入りは銃でした。銃は攻撃力がめちゃ高い反面、ターゲットがすごく狭い&連続の銃弾数も限られるので、複数の敵相手だとかなり難しくなります。草などの素材集めもその銃でしなくてはいけないので、探索に銃はちょっと使いづらい。でもボスには超強い!
とはいえ装備も地図と同じくランダムなので、もらった装備でその時の出稼ぎを楽しむことができるのもよかったです。ランダムのおかげで戦い方が固定化されないので、いろんな武器と呪いの組み合わせを試して戦えました。でも信者のうんちが溜まるスピードは全く変わらないのでハラハラはずっと続きます。(お腹もすぐからっぽになるんだぜ!)
呪いとかタロットカードが良いスパイス
(回避に忙しい戦闘中のスクショが全くなくて悲しい…。)
呪いというのはMPを使って放つ魔法みたいなものです。呪いも武器のように癖がつよつよなものしかないので、どれを使っても楽しかったです。
強い弱いはもちろんあるけれど、〈呪い〉という名の通り、どれもグロテスクな派手さがあり戦闘に面白みが加わります。画も豪華!
タロットカードは、単調になりがちな探索に鮮やかな色が付く感覚があっておもしろかった要素です。そしてこのタロットカードが、実は出稼ぎの勝敗を決める鍵になります。
戦闘は頻繁に回避を使うので、〈回避時に爆弾を落とす〉というカードを引けると超嬉しいし戦闘が楽になります。〈攻撃速度1.25倍〉というカードも最高。攻撃速度は正義だよなと実感できるカードです。
教団育成シミュレーションとローグライトアクションのバランスは、信者との関係の深さが加わり完成する

教祖というのは幸せな職なのかもしれないなあ
Cult of the Lambは、いろんな場面ですごく物語性を感じました。
信者という個人をどう捉えるかで、あらゆる選択の分岐がプレイヤーによって変わるからです。
わたしの中ではもっと無慈悲な教団が作れるのかなあと残酷な自分に期待していたのですが、わたしの性格の良さ(自分で言うな)と信者の可愛らしいビジュアルが相まって、信者たちと仲良くなりたい気持ちのほうが大きくなってしまいました。信者にかなりの愛着が湧いてしまったのです。
出稼ぎにいっても信者たちの空腹度を気にしてしまうのは、「信者たちがかわいそう」という純粋な気持ちと、「教祖のわたしへの信頼度が下がるのはさみしいな」という、かなり個人的な気持ちがあったためです。
最初は信者になんの愛着もなかったわたしとは反対に、信者は最初から最後まで、変わらない信仰心をわたしに持ち続けました。
「生贄になりたい」と言った信者は、要望通りの生贄の儀式で、とても怯えた顔をして殺され無事生贄になります。
出稼ぎが大変な時は、わたしからの「一緒についてきてほしい」の一言で信者はモンスターに変異して、一緒に戦いへ赴いてくれます。帰宅後は体調がものすっごく悪くなるのですが、文句ひとつ言わないのです。
信者たちは、毎日ニコニコしながら畑を耕したり、木を伐採して、近くにいる信者と雑談しながら時には喧嘩したり、キャッキャして生活します。
美味しいご飯も不味くて貧しいご飯も文句を言わずにたくさん食べ、大きなうんちをして、時にはセックスをして子を産み、祈って捧げて、寿命まで生きてそして死にます。
美しい一生だなあと感じました。
終わりに

寝不足になるほど夢中になるゲームに出会えることは、喜びに満ち溢れた体験です。
Cult of the Lambは、「ゲームって楽しいよねえ~すごいよねえ~!」と改めて思えた一本でした。最高です。
木の伐採も終わり満腹で時間が余った信者は、村のど真ん中にある大きな祭壇を囲んでお祈りをしたり、お墓参りをして過ごします。
宗教っていいものだなと教祖になって感じました。
絶対的に信じるものがあるというのは、迷いがなくなるってことですよね。きっとそれは心の安定につながるのでしょう。
死生観や人生の価値観を誰かが決めてくれたらすごく楽ですよね。それを決めてくれるのが宗教というものって認識で合っていますか?結局よく分からずに宗教の話をしています。
ニコニコ笑顔の信者たちとの生活は、教祖にとっても幸せなもののようです。幸せでした。
出稼ぎがうまくいってボスを倒すことに成功すると、帰還したわたしを信者のみんなが囲んできゃっきゃお祝いするのです。純粋でさすがに心が洗われます、たくさんの敵を惨殺してきたんですけどね。そういう意味で信仰は過激です。
大人のみなさん、今日もゲームしましたか?
「遊ぶんだ!」と強い意志を持たないと、ゲームはあっというまに遊ばなくなります。本当です。
ゲームを遊びたいならば、遊ぶと今すぐ決めてください。そしてSNSを見るのをやめて、YouTubeやTikTokを閉じて、Netflixは家事の合間に見てね。今すぐその手でコントローラーを握るのです!
それでは、ゲームの世界でお会いしましょう!
スクショをどうぞ👻










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